発
声指導員の適切な指導とご本人の努力によって、食道発声が立派に上達されることは誠に結構なことであります。
食道発声の上達の道は厳しく、そして際限のないものであることは、上達するにつれて上級者の各位がその感を深くされていることと思いますが、この困難をいく度か乗り越えながら、倦まずに一歩ずつ前進していくことが上達の道であるわけです。
総じて稽古事というものは前進2歩、後退1歩を繰り返しつつ進歩向上していくものであるといわれています。
これから上級者問題に触れますが、まず上級者といっても段階がありますから一概に申せませんが、大体有段者の方を対象に考えたいと思いますが、しかしこのことはあまりこだわることはありません。
そこで上級者の問題としては
食道発声は上級者といえども稽古を休むと技術が低下するという。
これは体験として誰もが感じていることですが、例えばAさんは以前はかなり発声が上手であったという認識をもっていたところ、ある日突然会って2,3回話をしてみると、意外に発声力が落ていることに内心驚いて、それとなく日常の稽古の模様を聞いてみると、このところさっぱり練習をしていないことが判ったりすることがあります。
また風邪などで寝ていたため2〜3日会話をしないでいると発声が極端に悪くなったり、困難を感ずることはそれぞれの方が体験ずみであると思います。
しかし、考えてみるとその逆もあることで、上級者の人でなくとも欠かさず練習をした人はさらによい成果が現われて驚かされることがあります。
前にも申したように、稽古というものは現状を保ち、そしてさらに上達するには日々かなりの努力を必要とするものであります。
玉磨かざれば光なし
の諺のとおり、磨けば磨くほど立派になりますが、折角、磨き上げた玉も練習という磨きの手段を止めて放置すると曇ってくるので、よほど注意しなければなりません。
特に食道発声ではこのことが強く言えるのであります。
連続会話中になんとなく低音になったり、声がつまって発声が止まる問題があります。
これも上級者のほとんどが経験していることで共通した問題です。即ち
長く話をしているとき、声のボリュームが落ちる。
会話中に発声困難になって話が途切れ
ことであります。食道発声の原理は食道内に入れた空気を上方に向けて押し上げるときに起きる振動音、(原音)が口腔内の操作と口形の変化によって言葉となるのであります。
ところが食道内に空気が充満して吸気が食道に入らない場合には、発声に必要な空気が下咽頭にある発声部位を通らないため振動が起きないから発声困難、または不能にな一たりして結果的には声がっまることになるわけです。
そこでこの問題解決の方法としては、空気調整をして空気が流れることを考えればよいことになります。
その方法として
空気を食道内に深く吸入しないで、むしろ浅く呑んで空気の出し入れの操作を早くすること
食道内に空気が溜って発声に支障をきたすことを知ったら、会話中に自然に抜く方法を考えること。
例えば話の継ぎ目で空気を抜いて、再び新しい空気が入り易い状態をつくる。
会話中、話が途切れないようにするための総合的手段の訓練には歌の稽古をすると効果がある。
それは空気を完全に吸引したり、吐き出す手段が歌を唄うことによって勉強出来るからである。
以上は私の体験を含めて述べましたが、このことは上級者の抱える問題と思いますので皆さんからもよいご意見がありましたならば、お聞かせいただきたいと思います。
慢心は上達を妨げるという問題
上達への道、それは徹底した技術練磨に基本を置かねばならないことは論を俟ちません。
しかしここでいう上達者は精神的にも技術的にも、あるいは研究努力の点においても人後に落ちない人ばかりですから.言うことはありませんが、ただ一つ心すべきことは慢心ということであります。
芸の道、あるいは政治の道など道にはいろいろありますが、そのいずれも他に秀てるためには絶え間ない勉強と努力そして精神力が要望されます。
現状に満足することなく立派な明日を築くために1歩前進することをつねに考えて、希望を高く見つめながら努めなければならないと思います。
発声技術上の注意点
音声が竜頭蛇尾にならないこと。
私はこれまで数度にわたり外国の喉摘者の会に出席して、食道発声について見聞してきましちその都度感じたことは、彼等は低音発声であるが、その声は聞いていてよく削り、しかも全体的な語感が非常によいということです。
その理由は英語本来の言葉の構成上の特性によるかも知れませんが、語尾を明瞭に発声しているところによい発音の印象が残るのかも知れません。
その点、日本語は英語の逆で竜頭蛇尾になり易い欠陥が多分にあり享。その原因は母音を多く使うためであるといわれますが、高音発声と同時に明瞭に語尾を発声するため、下腹にカを入れ・充分腹圧を使った発声法に徹しなければなりません。
「間合い」について
話術の名人といわれた徳川夢声翁の教えは間合いであるといわれました。この問合いをどう解釈するかは私たちのような発声法をするものとしては十分研究する価値があると思います。
夢声の場合は健常者の発声であるが、私たちの場合は発声と空気量の調整を加味した上で間合いを考えることになります。
夢声の間合いの考え方は、話し家として声や関連する条件が揃った一流の名人芸に近いものであるが話術として説いている点は、話の相手に次は何の話が出るかの期待をもたせつつ、その瞬間にポツポツと.言葉を流して話全体を構成し聞き手に満足させるものですが、そのコツのポイントはタイミングにあったのであります。
さて、私たちにこのことが出来るだろうかということですが、落付いて言葉を選びながら話すならば出来ないことはないように思われます。
抑揚について
喉摘者の発声力には発声器官、空気量等において基本的にハンディがある中で、私は極力健常者に劣らないような高音発声をする道を求めることが上級者には欠くことのできない問題として、いろいろな角度から説いております。
しかしながら、音楽には強弱があってその調和したすばらしいハーモニィが生まれますが、食道発声においても抑揚のある発声をすることは当然必要なことであります。
またそのことが、とかく音量不足な食道発声音をより効果的にカバーして感じのよい話にするものと思います。
話術という総合的な問題はかなり高度な問題ですが、間合い(タイミング)や抑揚を含めお互いに研究してみたいと思います。
以上要約して述べましたが、
食道発声の勉強は始めがあって終りがありません。
中途半端な食道発声にならないためにも、折角これまで上達した声をさらによくするため日々精進していかなくてはなりません。
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