食道発声をめぐって
(北里大学教授:H.Hさん;THE GINREI43号より)
土曜日の教室に出席した際に、何かお話しする機会が少なくありませんが、今回もその折りに申し上げたことをまとめてみたいと思います。
食道発声は喉摘者にとって最も理想的な発声方法と考えられ、多くの方が手術後の努力を続けておられるわけです。
銀鈴会における食道発声習得率はかなり高いものがありますが、これを世界的にみてみるといろいろな数字が報告されています。
古いところでは、アメリカのPutney(1958)が410名中62%が食道発声を獲得したと報告しており、以後もJphnson(1960)の57%、Horn(1962)の64%、Gardner(1966)の77、Wallen(1975)の67%、Gates(1982)の66%など大体のところ60から70%の方が食道発声を獲得しています。
わが国でも大阪の阪喉会のデータでは、全体としてみると63%が食道発声を獲得したが、このうち練習をやった人について集計してみると78%が獲得したといわれています。
つまり食道発声は自然に身につくというよりは、やはり練習の結果体得されるものといえましょう。
やはり阪喉会のデータでは、「あ」が二ケ月以内にいえた人が全体の59%、4ケ月以内では87%ということで、これは下咽頭腫蕩で食道の一部を形成したり、また放射線治療を受けていても余り数字に違いがないといわれます。
もちろん年齢にはかなり左右されるもので、60歳末満の方の獲得率は91%と高いが80歳以上になるとその率が20%弱となっており、やはり比較的若い方の成功率が高いといえるようです。
いずれにしても練習は絶対必要で、それも少なくとも当初は一人でやるより先輩の助言を受けながら皆と歩調をあわせてコッを呑み込んでいくことが望ましく、その意味で銀鈴会の教室は理想的なものと考えられます。
食道発声はいうまでもなく食道の中に空気を入れるのが先決です。普通食道の中にものが入るのは飲食に際しての「飲み込み」の動作と結びついています。しかし食
道発声と食事の飲み込みとは根本的に違うところがあります。
それは、食事を飲み込む時には原則としで呼吸が止まるのに、食道発声のための空気の取入れの場合には、気管孔からの吸い込み(吸気)と周時に食道に空気を入
れるというところです。
ですから、発声に先だって空気を食道に入れる動作は、空気を飲み込むのではなく、吸い込むというのが理想です。
これが、吸引式といわれる動作といえましょう。もちろん吸引だけでなく、いわゆる注入という動作を併用することもよく見られます。
注入というのは基本的には口の中の圧力を一瞬の間高めて口の中の空気を食道の中に押し込む動作で、通常口を閉じ、唇や頬に力が入るのが外から観察されたり、舌が極端に動いたりすることが少なくありません。
さらに空気を押し込む時の「ぐ〜」とか「ぎゅ〜」とかいう雑音が外まで聴こえることがあります。このような音がするのは、押し込む空気の量が多かったり、動作が速すぎたりするためといわれていますが、さらに食道の入口の力が十分に抜けていないためともいわれます。
このような極端な注入は、吸引の自然さに比べて問題が残るようです。レントゲンで観察するど吸引の場合でも、わずかに舌が動いて、いわば後方へあおるような動作を観察する例があり、この時口の中の庄力が高まって一種の注入が併用されることもあるようです。
ただしこうした舌の動きも、やはり吸引しようとする練習の中で自然に起こってくることのようで、結局吸引を念頭においた練習が一番望ましいと思われます。
吸引のコッをわれわれが申し上げるのは難しいのですが、文献的には、鼻をすするような動作を身につける、口の中に塊(たとえばリンゴを丸ごと)を想像してそれ
吸を吸い込むつもりになる、とかいう記載があります。
吸引の場合には胸(胸郭)の中が陰圧にならなければいけないわけで、前にも述べたように気管孔から吸気をする時に一緒に食道の入り口を綬めてそちらにも空気を入れるというタイミングを習得して頂きたいと考えています。
中級位の方での問題のひとつは気管孔からの雑音が目だつことで、これは発声の時急いで空気を食道から出そうとしすぎる方に多いようです。
発声する時に食道から
空気を出ずのは極めてゆっくりすることが望ましく、そのためにはまずゆっくり息を吐く練習が必要です。
声楽の分野でも、息の支えの必要性が強調されていますが、これは本来吸気のためにある横隔膜を、呼気の時もある程度緊張させて一遍に呼気が出ていかないように支えることを意味していまず。
熟達した方の食道発声をレントゲンで観察するど、ゆっくり腹圧をかけながら呼気を吐き、この時食道を絞るようにして発声していくのが見られます。
できるだけ上肢や胸郭を動かさず、腹からの発声を心がけて頂きたいものです。
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