喉頭全摘出術 および合併手術後の問題
M・K医師
(北の鈴16号から1999年)

喉頭全摘出術および合併手術(主に根治的頸部郭清術)をされた方の術後の問題点についてお話します。

喉頭を全部摘出すると呼吸は新たに作られた気管口からすることになります。
この気管呼吸をされている方々に起こる一連の症状をまとめて無喉頭症候群といいます。

最大の問題は音声喪失で、喉頭を用いた従来の音声によるコミュニケーションができなくなります。これについては別の機会にお話することにして、他の症候について述べていきましょう。

喉頭を取る前は、呼吸のほとんどは鼻からしていたはずです。吸う時の空気は鼻を通ることにより、除塵、加湿、加温され気管へ入っていきます。
これは咽喉や気管の粘膜を保護するために重要なことです。

喉頭をとることによって、直接乾いた空気が気管に入り、この鼻の機能がそこなわれます。つまり、気管口からほこりが入りやすく、風邪を引きやすくなり、気管粘膜への直接温度刺激で、唆がでやすくなります。

寒い冬には気管からしばしば出血を見ることもあります。
気管口からでる呼気中の水蒸気をできるだけ逃がさないように、自家製のエフ回ンを気管口の前に付けるのが、良いようです。

そのほかにも鼻を通る空気の流れが無くなってしまったために起こることがいくつかあります。
鼻水があっても気流がないために、鼻がかめなくなります。
臭いの元(嗅素)が嗅神経まで届かないために、臭いが嗅(かぎ)にくくなります。また、スープやラーメンがすすれなくなる方も多いようです。食道発声などで鼻を通る気流が生まれれば解消される問題かも知れません。

気管口が大きく開いているための症状は、肩まですっぼり風呂に入れないことや「いきめない」ことです。「いきむ」というのは、声門が一時的に閉じて、気管、気管支内の圧力が上昇することにより力が入ることです。
それができないために、便秘などの排泄障害や重いものを持とうとした時に力が入らなかったりします。

咳が.つまくできなかったり、痰をうまく出せなかったりするのも、そのためです。
咳とか痰を出したい時には、親指で気管口を塞いで圧力が上がったところで、指を離すことによってうまく痰を出せるようになります。日常生活をする上で必要なことなので音声獲得の練習と同時にしなければなりません。

頭頸部にできた腫瘍(できもの)は、頚のリンパ節に飛びやすいので、その可能性がある時には、根治的頸部郭清術(RND)を喉頭全摘出術に合わせてすることがあります。

RNDというのは、上は耳下腺の下から顎下腺にかけて、後ろは僧帽筋(肩がこるときの筋肉)の手前まで、下は鎖骨上窩に至るまでの広い範囲のリンパ節を根こそぎ取ってしまう手術です。

頸部のリンパ節は内頚静脈の周りに網目状に連続しているので、大切な神経や血管を保存しながら一塊に摘出しなければなりません。
そのために、耳の後ろの骨のでっぱり(乳様突起)と鎖骨と胸骨についている胸鎖乳突筋という頚の筋肉も一緒に取らなければなりません。この筋肉は頭を回すときに必要で・重たい頭を支えている筋肉のひとつです。

ギリシャの彫刻に代表されるヨーロッパの美的意識の中で、この筋肉はなくてはならないものなので、できるだけ残す様な手術法も考案されています。
その中には、胸骨、鎖骨に付着している筋肉を一度切離し、頸部の郭清が終了したところで元に戻すという手術法があります。
でも、上方の郭清が甘くなるので、症例を選ばなけれぱなりません・基本的には胸鎖乳突筋を取る手術が一般的です。

この筋肉が片方なくなると、頭を支える筋肉が一本なくなるため、後ろの僧帽筋に負担がかかり、肩がひどくこったり板状に張ったりすることがあります。
また、頭を回せないために、頚だけでは振り向けなくなります。

冬には頚が寒くなりマフラーが離せなくなってしまいます。肩こりの治療と、腕を振ったり回したりする軽い毎日の運動が必要になります。

このように喉頭全描出術および合併手術(主に根治的頸部郭清術)をされた方の術後の問題点は、音声喪失ばかりでなく、こまごましたことがたくさんあることがわかって いただけたでしょう。

手術ができるだけ小さくてすめば、それだけ問題も少なくてすみます。もちろん他の腫瘍と同様、頭頚部領域の腫瘍の場合も、早期発見が早期治療に結び付くよう日々の努力が必要です。

終ってしまった手術の後の問題は、医師と患者さんぱかりでなく、先人の体験者とのコミュニケーションを密に取りながら克服して行くものと考えます。