説明文より
名越切通は、鎌倉から相模湾沿いに三浦半島を結ぶ交通路で、「吾妻鏡」天福元年(12-33)8月18日条に「名越坂」として初めて登場し、
明治時代になって直下を通る現在-の横須賀線や県道のトンネルが開通するまで、長い間幹線道路として使い続けられた重要-な道です。
急峻な尾根を掘り割って造られた切道は、時代が下るにつれて通行しやすいように改修し-たり、
地震等で崩れては復旧を繰り返しているため、鎌倉時代の姿そのものではありませ-ん。
しかし、その周辺には横穴式の供養施設であるやぐらが約150基も集中する「まん-だら堂やぐら群」や、
死者を荼毘に付した跡など、中世の葬送に関する遺構が数多く分布-するほか、切通の防衛にも関係すると考えられる
人工的な平場や大規模な石切場跡(大切-岸)が尾根筋に見られるなど、古都鎌倉の周縁の歴史的景観を良く残しています。
人がやっと1人通り抜けられるほどの幅しかない。
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