コメントありがとうございます。筋を実に正確に把握しておられますね。感心しました。 親子和解の第一歩であると同時に、モデルの魯山人がどんな人間かは別にして、雄山について考えさせられる場面でもあります。彼は必ずしもイヤミ一辺倒でなく、時にオヤッと思わせるような面を見せて、読者の反感を弱め、関心を繋ぎますが、仰せのとおり、そのための構成上も大事な部分でありますね。物語の鑑賞眼に敬意を表します。 我が家は旧築地市場へ勝鬨橋を渡るだけという至近距離にもかかわらず、アラ(魚篇に「荒」)にもクエ(九絵)にも大鱸にもお目にかかったことがありません。 三寸たちは年末に銀座・築地を吟行し、お昼は築地で摂ることが多いようですが、一度仲間が「九絵を食べた」と言うのを聞いたことがあるだけで、自身では、値段をも含めて、食うべきか食わざるべきかの選択をする場面に至ったことさえないそうです。 |