お向ひの窓のたつきの冬燈 三寸
お向いとは清澄通りをはさんでいます。左へ行くと佃島。右は豊海水産海埠頭。 明治27年造成で、月島2号地といって、明治には築地から舟で水を売りにきたそうです。
関東大震災の際、佃島の建物はかなり残ったのに、我が家のあたりはほぼ全滅。佃島では江戸時代から持ち家制度だったのに、こちらは借家ばかり。 自分のものなら必死に護るが、借り物なら命の方が大事なので、放ったらかしで逃げるーー火事で燃えてしまったとか、そういう歴史の違いと、ものの本に書いてありました。 |
なずな 2020年12月14日(月) 20:30
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ゆちゃん、こんばんは
関東大震災は東京は大変だったようですね。 江戸時代からの歴史の違いで震災にも影響したのですね。 私が住んでる場所まで津波が来たようです。 ご近所に住んでたおじいさんが30年ぐらい前に 教えて下さいました。今はもうお星様になられて いませんがいろいろと話して聞かせて下さって 興味深かったです。 ベランダ庭園のお花たちきれいですね。
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